「文学少女シリーズ」の外伝、「見習いシリーズ」の第3巻です。
「“文学少女”見習い、の寂寞。」(長編)、「ある日のななせ」(掌編)、「“文学少女”見習い、の卒業。」(短編)の3本立てになっています。
「寂寞」の題材は、夏目漱石の「こころ」。3年前に自殺してしまった櫂という少年をKになぞらえ、その死の責任が自分にあると自責の念を抱える人物を、二人登場させています。
悲劇的な終わり方をする物語を題材にしながらも、その先を想像することで、生き続けなければいけないと訴えるのメッセージは、文学少女シリーズの中で繰り返されてきたものです。
もちろん、遠子先輩から受け取ったメッセージを、心葉がさらに他の人へとそれを伝えていくという、連続性を意識させるという意味合いはあるのですが、それはもう「初恋」でもやっていることなので、ややインパクトに欠ける感じは否めません。
それに、劇の舞台で台詞を言うべきか言わざるべきかという緊迫した逡巡のあった「愚者」や、プラネタリウムという視覚的な美しさのあった「巡礼者」、「生き続けて欲しい」という願いが込められた桜色の貝がこぼれるシーンの美しさが出色だった「初恋」に比べると、舞台効果という意味でも地味でした。
物語の構成も、最初に読んだ時には「ややあっさりかな」と思っていたのですが、再読してみると、そここに伏線がしかけてあり、この辺りのうまさは相変わらずな感じです。
というわけで、全体的には「今ひとつ」の感があった話なのですが、その中で最も印象に残るのは、心葉の変化です。
自分が井上ミウであることを菜乃や瞳に告げたり、自分と美羽との間にあったことを分析的に語ったり、あれほど目を背けていた自分の作品「青空に似ている」の映画を見る気になったりと、様々な変化が描写されています。
それは、菜乃やななせについても同じで、「寂寞」だけではなく「ある日のななせ」や「卒業」でも同じです。菜乃は文学作品への理解と自分の周りの人々への共感を深めていきます。どちらが鶏でどちらが卵なのかは、微妙なところですが。
ななせは、心葉に対して自然に会話ができるようになり、人とのつきあいに不器用だった彼女が、「恋人」という立場ではないにしろ、人に受け入れられる自分というイメージを獲得できたように思います。臣くんに対しても、彼は「夕歌の代理」という態度を崩そうとしないですし、彼女もそのラインを無理に崩そうととはしていないようですが、「夕歌へ」ではなく「臣へ」という意識でメールを綴りつつあるのではないかと感じました。まあ、これは予定調和なんですが。
「卒業」は、チェーホフの「桜の園」が題材です。先にも書いた彼女の成長と、心葉と過ごした1年間への追憶とが、端正にまとめられた一編です。
送り出す側に立った菜乃が、これからどんな風に成長していくのか、見てみたい気もしますが、それをやっていたら、キリがないですね。でも、挿話集で短編の1本でもあると嬉しいなぁ。
さて、この巻で「見習いシリーズ」は終了となります。「文学少女シリーズ」としては、あと「挿話集4」と「半熟作家と“文学少女”な編集者」(おそらく遠子先輩と心葉が再会した後の話)の2巻を残すのみとなりました。
映画のパンフレットとか、映画のDVDとか、メモワール(短編アニメ)の初回限定版とかに、書き下ろしの読み切りがついてるんですが、あれも「挿話集」に入れてもらえるんでしょうか。特典という意味では入れない方が希少性が高まるんでしょうが、後から読む人のことを考えたら、本で読めないものがなるべくないようにして欲しいものです。
posted by akira at 22:42|
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野村美月
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